物事には両面があるとよくいいます。
その意味が実感できるアファメーションをご紹介します。
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私がしたことの反対側に、しなかったことがあることを認めます。
どちらも自分自身の最良の選択によってしたことであり、
しなかったことであることを理解します。
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このアファメーションは、私が今年の後半によく使ったものでした。
子どものいる友人たちと話していると、彼女たちは「妻であり、嫁であり、母である」ことを決断し、生きています。
一方、子どものいない独身の私は、「起業家であり、セラピストであり、歌手である」ことを決断し、生きています。
彼女たちは、家族に支えられ安心感を得ることを受け取っています。
同時に、朝早くお弁当を作ったり、
子どもや夫を送り迎えしたり、姑とうまくやっていくということに責任を負っています。
独身の私の生活は、彼女たちからも言われますが、自由です。
同時に、一人でいる孤独や不安、刺激的な毎日の責任を引き受けています。
朝早く起きて弁当を作ったり、家事をきちんと済ませるなんて、
今の私には体力的にもスケジュール的にも難しくて、それをこなしていく人を尊敬します。
彼女たちからは、自由でやりたいことがやれて、いいなーと言われます。
同時に、PC使ったり、厳しい仕事は無理だーとも言われます。
これは、
差し出すものと受け取るものの種類が違うだけで、
どちらも同じ量の責任を引き受けているのだと思います。
もう一つのたとえで、
これも今年の経験なのですが
とにかく熱で悩まされて、のども腫れて、休養ばかりしていました。
眠るときは12時間以上ぐっすりです。
起きた時は何もせず「眠っていたこと」を後悔する自分がいました。
ですが、私は皆さんと同じ24時間の中で、「眠る」という選択をして、それを「して」いたのだ、
と理解できてから、自分を責めなくなりました。
確かに、体が徐々に回復しているのですから。
体が必要なことをするために、わたしを眠らせていただけなのだ。
何もやらなかった時間なんて、無いんです。
24時間、何かしらを「して」私は今日も生き続けている。
世間体の決めた”価値ある行動”をしていなかったからといって、責められることはない。
ただ、今日死んでいないということは、
私は生きることを決してやめていなかったということ。
何もしていなかった時間なんて、ない。
何かを必ず、している。
実が詰まった時間を所有している。
その時間を、引き受けたから
あなたには経験が重ねられていく。
今日も何もしてなかったーーー
と、ぼやくのをやめて下さい。
何かをしていた時間が詰まっているはずです。
あなたに、そのとき必要だった何かをしていた時間。
その分、ちゃんと引き受けていたものがあったはずです。
そこに誇りを持って下さい。
あなたがもし、自分の選択に、罪悪感を感じて、
誇りを持てないというときは、
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それでは、今日もあなたを応援しています。
アダルトチルドレン専門セラピスト
林志のぶ